リンチ症候群とは、特定の遺伝子に変異があることで、大腸がんや子宮体がんをはじめ、複数のがんを発症しやすくなる遺伝性の疾患です。一般的ながんよりに比べて若い年齢で発症することが多く、注意が必要とされています。
特に、家族に若くしてがんを発症した方がいる場合、ご自身やご家族もリンチ症候群の可能性があるのではないかと不安に感じることもあるでしょう。
ただし、リンチ症候群の人すべてが必ずがんになるわけではありません。また、定期的に検査によって早期発見つなげることで、がんの進行や重症化を防ぐことができます。
この記事では、リンチ症候群の特徴や原因、発症しやすいがんの種類や頻度、検査方法などについてくわしく解説します。自分や家族の健康リスクを理解し、適切に備えるための参考にしてください。
目次
リンチ症候群とは、特定の遺伝子の変異によって、がんを発症しやすい体質になる遺伝性の疾患です。以前は「遺伝性非ポリポーシス大腸がん(HNPCC)」と呼ばれていましたが、この病気を最初に報告したアメリカのヘンリー・リンチ博士にちなんで「リンチ症候群」と呼ばれるようになりました。
リンチ症候群は、親から子へと受け継がれる遺伝性疾患です。原因となる遺伝子に変異がある場合、その子どもに引き継がれる確率は約50%とされており、家族歴が重要な手がかりとなります。
とくに発症リスクが高いのは、大腸がんや子宮内膜がんですが、卵巣がん、腎盂がん、尿管がん、膀胱がん、胃がん、小腸がん、膵臓がん、胆管がん、脳腫瘍など、複数の臓器でがんが発生しやすくなることが明らかになっています。
また、一般的ながんに比べ、40歳代など比較的若い年齢で発症する傾向があるのも特徴です。
リンチ症候群の原因は、遺伝子のコピーエラーを修復する「ミスマッチ修復遺伝子」の変異です。細胞が分裂して増殖する際には遺伝子の複製が行われます、その過程で間違いが生じることがあります。
通常、この間違いはミスマッチ修復遺伝子によって修復されます。しかし、リンチ症候群ではこの遺伝子に変異があるため修復が正常に行われず、エラーが蓄積し、がんを発症しやすくなります。
代表的な原因遺伝子には、MLH1、MSH2、MSH6、PMS2などがあります。どの遺伝子に変化があるかによって、発症しやすいがんの種類や年齢に違いがみられることも報告されています。
リンチ症候群そのものに特有の症状はなく、症状は実際に発症したがんによってあらわれます。とくに、リンチ症候群では大腸がんや子宮内膜がんの発症頻度が高くなっています。
がんの種類 | 主な症状 |
大腸がん | 腹痛、嘔吐、貧血、血便、排便習慣の変化(便秘・下痢)、便が細くなる、腹部のしこり |
子宮内膜がん(子宮体がん) | 不正出血、下腹部痛、性交時の痛み、腰痛、下肢のむくみ |
胃がん | みぞおちの痛み、胸やけ、吐き気、嘔吐、体重減少、腹部の張り、貧血、黒色便 |
卵巣がん | 下腹部しこり、食欲不振、頻尿、便秘、下肢のむくみ、腹部の張り、腹痛 |
腎盂・尿管がん | 血尿、腰痛、背中やわき腹の痛み、腎機能の低下 |
これらのがんは初期には自覚症状がない場合も多く、気づいたときにはすでに進行していることも少なくありません。そのため、症状がなくても定期的に検査を受け、早期発見につなげることが重要です。
リンチ症候群による大腸がんの頻度について、いくつかの側面からご説明します。
リンチ症候群は、遺伝性のがんの中でもとくに頻度が高いタイプのひとつです。大腸がんの大部分は生活習慣や環境要因によるものですが、全体の約5%は遺伝性要因に関連すると報告されています。その中でもリンチ症候群は主要な位置を占めており、大腸がん全体の約2〜4%がリンチ症候群によるものとされています。
また、大腸がん以外のがんとの関連性も明らかになっており、とくに子宮体がんでは全体の約0.5〜3.5%はリンチ症候群に関連すると報告されています。
リンチ症候群をもつ人は、70歳までに大腸がんを発症する確率が、男性で約54〜74%、女性で30~52%と報告されています。これは、一般の人が生涯で大腸がんを発症するリスク(約8〜10%)と比べると非常に高い数値です。
ただし、リンチ症候群を持つ全員が必ずがんになるわけではなく、発症するがんの種類や発症時期には個人差があります。それでも、大腸がんや子宮内膜がんのリスクは高いため、定期的な検査で早期に発見することが重要です。
リンチ症候群の診断は、段階的に進められます。まずはがん組織を使った検査でリンチ症候群の可能性を評価し、必要に応じて遺伝子検査を行い、最終的に確定診断が行われます。診断の過程では、患者本人だけでなく、家族に若年で大腸がんや子宮内膜がんを発症した人がいるかどうかも重要な情報となります。
スクリーニング検査では、がん組織を用いてリンチ症候群の可能性が高いかを調べます。代表的な検査には次の2種類があります。
MSI検査では、がん組織のDNAを分析し、特定の遺伝子配列(マイクロサテライト)の長さが不安定になっているかを確認します。リンチ症候群に関連するがんでは、この不安定性が高頻度でみられるのが特徴です。MSI検査は、リンチ症候群が疑われる症例で保険診療で実施されるほか、薬剤の適用を判断する目的でも実施されることがあります。
MMR-IHC検査では、がん組織中のミスマッチ修復遺伝子からつくられるタンパク質が正常に存在しているかを特殊な染色で確認します。リンチ症候群の場合、これらのタンパク質がつくられず、染色反応が消失することがあります。
スクリーニング検査でリンチ症候群の可能性が高いと判断された場合や、家族歴から強く疑われる場合には、遺伝学的検査が行われます。
この検査では、血液中のDNAを分析し、リンチ症候群の原因となる特定の遺伝子(MLH1、MSH2、MSH6、PMS2など)に病的変異があるかを確認します。遺伝学的検査はリンチ症候群の確定診断に不可欠です。
遺伝学的検査を受ける前後には必ず遺伝カウンセリングを行います。ここでは、検査の意義や結果が本人や家族に与える影響、検査のメリット・デメリットなどについて専門家からくわしく説明され、納得したうえで検査が実施されます。
サーベイランスとは、定期的に行う検査のことです。リンチ症候群では、一般のがんよりも若い年齢で発症したり、複数回がんが発生したりすることがあるため、一般的ながん検診とは異なる内容や頻度の定期検査が推奨されます。
リンチ症候群と診断された場合、がんを早期に発見するための定期的な検査と、必要に応じてリスク低減のための選択肢が検討されます。また本人だけでなく、血縁者も同じ遺伝子変異を持っている可能性があるため、家族全体で情報を共有し、適切な検査を受けることが重要です。
遺伝カウンセラーや専門医からは、病気や遺伝のしくみ、血縁者が検査を受ける際の注意点などについて丁寧に説明を受けられるため、安心して検査に臨むことができます。
リンチ症候群は、大腸がんや子宮体がんをはじめ、複数のがんを発症しやすい遺伝性の疾患です。しかし、これらのがんは初期には目立った症状があらわれないことが多く、気づいたときには進行している場合も少なくありません。そのため、まず自分のリスクを正しく理解し、定期的な検査を行うことが、早期発見のために重要です。
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このような検査キットを活用するメリットは、自宅で手軽に自分のリスクを把握できることです。結果を知ることで、必要に応じて早めに医療機関での精密検査や専門医への相談につなげることができます。
また、定期的な健診と組み合わせることで、より確実に早期発見の可能性を高めることが可能です。自宅でできる検査と定期健診を上手に活用し、日々の生活の中でがんの早期発見・予防に取り組みましょう。